情報ではなく、“舌”で感じる場所をつくりたい
新潟にある人気酒販店〈長谷川屋〉。最近、店内に“角打ちスペース”を作った理由を尋ねると、長谷川さんの答えはとてもシンプルでした。
「情報で飲むんじゃなくて、ちゃんと自分の舌で感じてほしい。」
今の時代、SNSや口コミで“飲んだつもり”になれる。でも本当の酒の価値は、ラベルでも数値でもなく、
一口飲んだ時の温度、匂い、体に落ちる感覚。
それを伝える場所をつくることが、酒屋としての自分の役割だと語ります。
「いまでや」との出会い、そして帰郷
長谷川さんの酒屋人生は、大学時代のアルバイト先のささいな経験から動き始めます。
アルバイトとして飲食店で働いていた頃、営業に来ていたのが千葉の酒屋〈いまでや〉。
「深夜0時からアルバイト向けに勉強会してくれて、なんだこの“おもしろい酒屋”はって思ったんです。」
その記憶がずっと心に残り、卒業後、自然に「いまでやで働いてみたい」と思ったと言います。
3年間働いたのち、地元新潟に戻り、“家業だった酒屋”を継ぐことにしたようでした。
しかし帰ってきた当時、新潟の酒屋事情は厳しいものでした。
- 若い酒屋が全然いない
- 角打ち文化もない
- 日本酒大国なのに、体験できる場が少ない
「じゃあ自分がその場所をつくろう」
そう思い、店を法人化し、新しいスタイルを育てていきます。
愛とは、“温度と距離”を守ること
長谷川さんにとっての「愛」は、熱く叫ぶようなものではありません。
それは、「作り手とお客さんの距離と温度を、丁寧に整えること」。
「僕らは作り手さんのものを“お預かり”しているだけ。どういう人がどうつくってるか、どれだけ解像度高く伝えられるかが仕事なんです。」
“情報で飲む時代”にあえて逆行し、味わいそのものを届けるために角打ちをつくったのもこの哲学からです。
また、文章を工夫して売ることには距離を置きます。
「売れる文章を書くために本質からずれていくのは嫌なんですよ。」
言葉だけではなく、“温度の伝わる空間で説明する”ことを大切にしています。
正社員でお店を回す理由
近年、全国の酒屋ではパートスタッフが増えています。
しかし、長谷川屋は大多数が正社員。理由を聞くと、とても長谷川さんらしい答えが返ってきます。
「個人の“好き”や“熱”って、お客さんのワクワクを作るんですよ。その温度を守れるのは、正社員のほうだと思ってます。」
誰が接客しても、“その人が選んだ酒”をきちんと説明し、責任を持っておすすめする。
それが店の心地よさを作る。また、フェイス・トゥ・フェイスで酒を売ることを「戦場」と呼ぶほど、直接の対話にこだわっています。
仕事の愛とは何か?
最後に「長谷川さんにとって仕事の愛とは?」と尋ねると、少し考えてからこう答えてくれました。
「正解はないけど…僕らにできるのは、作り手とお客さんの間の“温度”を守ること。どれだけ丁寧に、どれだけ解像度高く伝えられるか。それだけかなと思います。」
この言葉の通り、長谷川屋さんは熱さ ではなく確かさのある愛に満ちています。
SNSでも文章でも届かない、「温度と距離感」だけがつくれる空間。
それを守り続ける長谷川さんの姿には、酒屋という仕事の新しい魅力が溢れています。