冬のミードは、温度で「化ける」。熱い男・つきや酒店店主が教えてくれた、燗ミードの世界

寒さが本格的になってくると、恋しくなるのは温かい飲み物。

「ミード(蜂蜜酒)は冷やして飲むもの」。そんな思い込みを、覆してくれた人がいます。

その人とは、以前ANTELOPEの記事でもご紹介した東京・経堂の『つきや酒店』店主、柱知香良(はしら ちから)さん。「熱」という言葉が誰よりも似合う知香良さんが、この冬、ミードに新たな「熱」を吹き込んでくれました。



元・教師の知香良さんが開いてくれた、大人のための「燗ミード」の授業。そこには、科学とロマン、そしてミードの新しいおいしさが待っていました。



<目次>
1. 60℃という境界線
2. 温度だけじゃない、燗ミードを作る上で大切な〈ちろり〉の素材
3. おすすめのホットミード体験
4. 迷ったらどうする?燗ミードの「勘」の働かせ方
5. お家でできる、一番簡単な「燗ミード」
6. 編集後記

 

1. 「60℃」という境界線


「実は、人間の舌って60℃を超えると甘さを感じにくくなるんです」

知香良さんの解説によると、蜂蜜の甘さをつくる「果糖」と「ブドウ糖」には、それぞれ性格があるのだそう。冷たい時に甘い果糖、体温くらいで甘いブドウ糖を感じます。

50℃から60℃の間。ここで味の幅がグッと出ます。でも、60℃を超えるとピークを越えてしまい、甘みを感じにくくなってしまうのが基本なんです」


蜂蜜由来の「果糖」と「ブドウ糖」の性質上、熱すぎるとバランスが崩れてしまう。だからこそ、温度計片手にベストな温度を探るというのが「燗ミード」の基本。

ただその60℃の壁を超えても美味しいミードもあるんだとか。それは、とびきり甘い(ベリースイートな)ミード。これらは糖分の絶対量が多いから、熱さへの耐性が高い。60℃を超えても甘さが負けないんです。

ただ温めるのではなく、そのミードが持つ「糖の量」や「アルコール」の個性を見極めて、一番輝く瞬間を探してあげる。知香良さんの愛と情熱が光ります。


2. 温度だけじゃない、燗ミードを作る上で大切な〈ちろり〉の素材

ミードを温める〈ちろり〉の素材によっても、ミードの味は劇的に変わるのだと教えてくれました。

● 錫(すず):雑味をとる「高性能フィルター」

錫(Sn)は、銀(Ag)と同じように高いイオン効果を持っています。銀イオンといえば制汗剤でおなじみですが、汗のニオイを抑えるのと同じく、錫のイオン効果はお酒の雑味を吸着してくれるんです。

底に澱(おり)が溜まっているような複雑な味のミードも、錫で温めると驚くほど角が取れてまろやかになるそう。開けてしばらく経ったミードを温めるときにも持ってこいですね。

● ガラス:優しく熱を伝える「低温調理器」

逆にガラスは、中身の成分を変えないのが特徴。
熱がゆっくり伝わるので、低温調理みたいに優しく温めたい時や、フレッシュな香りをそのまま楽しみたい時に使います。

常温や冷たい状態でおいしいミードや、今の味わいを壊さずにあったかくしたいときにおすすめです。

● 銅:味を引き締める「中華鍋」

銅は熱伝導の力で、一気に熱が入ります。中華鍋で炒めるみたいに、味をキュッと引き締めたい時や、シャープなキレを出したい時にピッタリ。

繊細な味わいのミードは銅で温めると味が濃くなって、味が多いものほどキレが出ます。

道具選び一つにもちゃんと科学的な理由がある。知香良さんの教室は、知れば知るほど奥が深いです。


3. おすすめのホットミード体験

数々のミードを温めてきた知香良さんに、温めて美味しい定番ミードと季節限定ミードについて、深掘りしてみました。

歴史を飲む「大人のハーブティー」

What Churchill Said × 60℃くらい


〈チャーチル〉の愛称で親しまれるWhat Churchill Said。そんなチャーチルは冷やして飲んでおいしいミードとして認識していましたが、温めるとまた面白い側面が。

60℃くらいまで温めると、香りがパッと開いて、どこか薬膳や漢方のような、体に染み渡る香りがしてくるんです。

かつて英国首相ウィンストン・チャーチルは「ジントニックは、英国の全ての医師より、英国人の命と心を救った」と評したといいます。ジントニックのように日本人の心を救ってくれるお酒になってくれれば、そんな思いで命名しました。

これはWhat Churchill Saidの由来ですが、まるでこの由来のような世界が燗ミードにすることで広がるという驚きがありました。

温めるときはガラスの素材で、飲むときはまるでハーブティーを飲むようなカップでお楽しみください。

 

常識を覆す「ホットレモネード」

The Last Supper(サッパー)× 60℃

いい意味で一番期待を裏切ってくれたのが、「The Last Supper」です。知香良さんも同じく、乳酸は温めるとあまりいい匂いがしない(牛乳を温めた時に、タンパク質が変成して、いわゆる「焦げ臭」がすると言われている)イメージがあり、あまり温めることに前向きではなかったそう。

ですが温めるとまるでホットレモネードのような味わいが広がり、レモンのような酸味が心地いい。

知香良さんのおすすめは、なんと「天ぷら」とのペアリング。

「熱々の天ぷらの油を、冷たいお酒で固めちゃうのはもったいない。温かい酸味で切るのがいいんです!」 と知香良さん。揚げ物をホットレモネードで流し込むような感覚。

この冬の新しい組み合わせとして、ぜひ試してみて。

温めるときは錫の素材で、スッキリさを味わいたいときは平杯で。濃厚さを感じたい場合は口が狭まった器で。

 

時間を味わう「燗冷まし」

Deep Seek(ディープシーク)× 57℃→40℃

このミードは、少しマニアックな楽しみ方を。 知香良さんが提案してくれたベストな温度は、なんと「飲むときは40℃くらい」。

「それなら、最初から40℃に温めればいいのでは?」 そう尋ねると、知香良さんは首を横に振ります。

「不思議なんですけど、一度高い温度まで火を通した方が断然美味しいんです」

目指す頂上は「57℃」。 アルコール感を立たせず、でも香りは開かせたい。そのギリギリのキワキワを攻めるのが57℃なんだそう。

57℃まで一気に上げ、そこからゆっくりと温度が下がるのを待つ。 これを「燗冷まし(かんざまし)」と言います。 50℃...45℃...と温度が下がるにつれ、尖っていた味が丸くなり、40℃になった瞬間、蜂蜜本来の優しいコクと樽の香りがふわりと花開く。

温度の変化と一緒に、時間の経過そのものを味わえるミードです。

 

圧倒的な「グラン・クリュ」感

Shuka - 種果 × 60-65℃

「これはもう、最強に美味しいです」 知香良さんがそう言い切ったのが、新作のShuka - 種果。

その味わいは、ミードという枠を超え、まるでボルドーやブルゴーニュのグラン・クリュのワインのようだと絶賛。ワイン好きがブラインドで飲んだら、ミードだと気づかないかもしれない——それほどの完成度だと言います。

おすすめの温度は、なんと65℃くらいまで上げてもOK。 イメージは、クリスマスの定番「グリューワイン(ホットワイン)」です。 「ブルーベリーやプラムを使っているこのミードは、しっかり火を通すことで果実味が煮詰まり、まるでジャムのような凝縮感が生まれるんです」

寒い冬の夜、極上の赤ワインを楽しむように、ゆっくりと味わっていただきたいです。


これらのミードをぜひご自宅で楽しみたい方へ、お得なセットでぜひ実践してみてください。

■ あたためておいしいミードセット:https://antelopemeadery.com/products/hot-mead-set


4. 迷ったらどうする?燗ミードの「勘」の働かせ方

「上記以外のミードで、温めていいか迷ったら、どう判断すればいいですか?」

そんな疑問をぶつけてみると、「料理している姿を想像すること」と教えてくれました。

例えばベリー系のミードなら、煮詰めたらジャムになりますよね。ハーブ系ならハーブティーになる。樽の香りがするものは、温かい部屋で飲むウイスキーや赤ワインのように香りが開く。そうやって、温めたらどう変化するかを料理感覚でイメージしてみるのが、一番の『勘』の働かせ方だそうです。きっとその勘は当たっていると知香良さん。

ちなみに甘さ控えめのドライなミードは、温めると甘みが飛んで辛く感じてしまうことがあるんだとか。そんな時は、『追いハチミツ』をするのも楽しみ方の1つだそう。自分で甘さを調整する「セルフ・バックスウィート」という裏技。

難しく考えすぎず、自分の直感を信じてまずは温めてみるのが、秘訣なのかもしれません。

5. お家でできる、一番簡単な「燗ミード」

でも、家で温度を測りながら温めるのは難しそう。

そう相談すると、知香良さんは一本の瓶を取り出しました。 それは、日本酒の『剣菱(けんびし)』の空き瓶。

レンジで温めるのに最強の形なんだとか。剣菱の瓶の独特な形は、電子レンジのマイクロ波を均一に通すらしく、500Wで約1分チンするだけで、誰でも簡単に美味しい温度がつくれるのだそうです。

 

6. 編集後記

「ミードは冷たいもの」という私の固定概念は、知香良さんの熱量によって見事に溶かされました。 取材中、チロリでお酒を温める知香良さんの横顔は、本当に楽しそうでした。
「素材のポテンシャルを信じて、一番美味しいところを引き出してあげる」。それは、知香良さんが生産者さんやお客さんに向き合う時の姿勢そのものなのかもしれません。

冷たいミードも美味しいけれど、この冬は温度計を片手に(あるいは剣菱の瓶を片手に)、ミードの新しい表情を探してみませんか?

温度によって微妙な変化があるので、いろいろ試していただき皆さんのベスト燗ミードを探してみてください。わからないことがあれば、ANTELOPEまたは、つきや酒店の知香良さんにお問い合わせください!

〈つきや酒店〉

  • 住所: 〒156-0052 東京都世田谷区経堂3丁目3−19
    (Google Map: https://maps.app.goo.gl/PnBgSU2iuu2T4sVF6
  • アクセス:小田急線経堂駅から徒歩5分
  • 営業時間: 10:00〜21:00(角打ち15時〜21時 土曜日13時〜)
  • 定休日:日曜日・月曜日・祝日

※当日の営業時間やイベント情報は、Instagramでご確認ください

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