〈Brewer's Note - Special〉水を使わないミード。「面白そう」から始まった、岡田くん最後の作品『m&o』

2026年2月の独立を控え、創業期からANTELOPEを支えてきた醸造家・岡田くん。最後に残した作品は、これまでの常識を覆す作品でした。

「一言で言うと〈濃い〉ですかね」と語る岡田くん。

その作品の名前は『M&O(エムアンドオー)』。
味わいの裏には、一人の青年が「スタッフ」から「一醸造家」へと変わっていった、成長の物語がありました。


 

常識外れへの挑戦。「水を一滴も使ってないんです」

今回のミードを一言で表すなら?という問いに、

「一言では難しいですね。でも強いて言うなら『濃い』ですかね」

と岡田くん。

味わいの濃さ、熟成期間などの濃さなどさまざまある中で、つくりにおける濃さについて、ユニークなポイントが。

通常、ミードは蜂蜜を水で希釈して発酵させますが今回の『M&O』は、水を一切使っていません!

その代わりに入っているのは、「ブラッドオレンジの果汁」だけ。

  • 通常のミード = 蜂蜜1:水2

  • 今回の『m&o』 = 蜂蜜1:果汁2

通常なら水を混ぜて調整するところを、あえて果汁のみで仕込む。驚くことにそこには醸造学的な「正解」があったわけではありません。

考えてみれば、ブドウならワイン、リンゴならシードルになりますが、「柑橘だけ」で醸すお酒は、そもそも世の中に存在しないのです。

あったのは「なんだか面白そう」という、岡田くん独自の直感と、ANTELOPEで培った経験からくる自信だけ。

しきりに「面白そう」と話す岡田くんに、「面白いとは何か?」を深掘りすると見えてきたのは、単なるウケ狙いではなく、既成概念を壊すことへのワクワク感。言葉では表しきれない「熱狂」のようなものも感じました。

「誰もやっていないからこそ、やってみる」

その純粋で少しクレイジーな探究心が、柑橘果汁と蜂蜜という前代未聞のレシピを誕生させたのです。


 

樽の中で見守り続けた1年半

そんなM&Oが仕込まれたのは、2023年の2月。そこからリリースまで、なんと約1年半。ANTELOPEミードの中では、比較的長い熟成期間を経ています。

実はこの期間、ただ寝かせていただけではありません。ここにも岡田ならではのエピソードがありました。

「最初はバーボン樽に入れたんですけど、樽が焼けすぎててスカスカで漏れてきちゃって。慌てて赤ワイン樽に入れ替えました」

結果的に、このトラブルが功を奏すことに。バーボン樽由来のバニラ香に加え、赤ワイン樽のポリフェノール感や果実味が複雑にレイヤーされ、紹興酒のような奥深い熟成感が生まれたのです。

「樽に入れた後も、僕の成長や苦労をずっと見届けてくれていた。そんな相棒みたいな存在です」

 

1年半の時を、氷と一緒にゆっくり溶かして

では、肝心の味はどうなっているのでしょうか?

  • 味わい: 果汁由来の凝縮された酸味と、1年半の熟成による深み。

  • 香り: 紹興酒やヴィンテージワインのような熟成香。

  • 度数: 高め(初期発酵では18%近くまで発酵)

ガブガブ飲む系ではなく、ストレートまたはロックグラスに氷を入れて、ウィスキーみたいにちびちび飲むのが、岡田くんのおすすめ。冬の夜にゆっくり飲むのが最高の贅沢。

ペアリングは、岡田くんが最近試した中でのおすすめは、「鹿肉のシチュー」。
トマトや赤ワイン煮込みのような濃厚な料理と驚くほど合うんだとか。レバーパテもおすすめだそうです。

あとは香りにチョコ感があるので、オランジェットも。

 

「あの時の悔しさを晴らしたい」ブラッドオレンジを選んだ理由

そもそも、なぜ「ブラッドオレンジ」を選んだのでしょうか? そこには、岡田くんの醸造家としての「ある心残り」がありました。

以前、同じくブラッドオレンジを使って『宮本』というミードを作ったときのことです。

「途中まではめちゃくちゃ美味しかったんです。でも最後の最後、火入れの工程で味が崩れてしまって……。それがずっと心に残っていました」

納得のいくものを届けられなかった悔しさ。 そして、ブラッドオレンジ(特に「モロ」という品種)が持つ、柑橘なのに真っ赤な果肉という「面白さ」。

「生で食べると好みが分かれる味だけど、お酒にしたら絶対に化けるはず」

「M&O」はかつて攻略できなかった素材への、岡田くんのリベンジマッチでもあったのです。

 

醸造家人生を変えた、農家・宮本さんとの出会い

そして、このブラッドオレンジを育てたのは、愛媛県の宮本農園さん。 実は、岡田くんが初めて現地を訪れた農家さんでもあり、彼の醸造家人生に大きな影響を与えた存在です。

農業に向き合うことの大変さ、かっこよさ、そして楽しさ。 それらを教えてくれたのが宮本さんでした。

「最高の素材」と「最高のリベンジ」。 宮本さんの作る情熱的なブラッドオレンジがなければ、岡田くんの最終作品は生まれませんでした。

 

さて、タイトルの『M&O』は何の略でしょう?

ここで、少し想像してみてください。 ポップなラベルデザインは、あのお菓子(m&m's)をオマージュしていますが、タイトルの『M&O』には別の意味が隠されています。

Mead & Orange?

 

正解は、

M = ブラッドオレンジ農家の「宮本(Miyamoto)」さんO = ANTELOPEの醸造家「岡田(Okada)」くん

「宮本さんのブラッドオレンジがあったから、この作品が生まれました」

このボトルには、蜂蜜と果汁だけでなく、生産者と醸造家の「信頼関係」が詰め込まれています。

 

知識と経験を詰めて、次の旅へ

入社当時は、とりあえず言われた通りのレシピで作るだけだったという岡田くん。

しかし今は、「知識と経験の両輪があるから、『こうしたらどうなる?』と自分で設計できるようになった」と話します。

知識だけでも、経験だけでも作れない。 その両方を持った彼だからこそ作れた、常識外れの『M&O』。

ANTELOPEでのすべてを出し切ったこの一本は、きっと皆さんの夜を「濃密」に彩ってくれるはずです。

岡田くん、卒業おめでとう! そして、いってらっしゃい。